J-Law°

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検討課題3:検討編①~私人間効力の知識の整理~

Ⅰ 知識の整理1-私人間効力と間接適用説

 憲法は、国家vs国民の場面において適用される法です。そのため、国民vs国民の場面では憲法の規定は直接適用でません。しかし、憲法の規範が及ばないからと言って、憲法上の権利を侵害していいはずがありません。このような場面における問題を、私人間における憲法の効力の問題、すなわち、私人間効力の問題として考えることになります。よく知られているのは、間接適用説というものでしょう。三菱樹脂事件判決[1]を見てみましょう。

 

1 三菱樹脂事件判決を読む

 三菱樹脂事件判決では、まず、憲法は「もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない」と直接適用を否定しています。

 また、「私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるを得ない場合があ」るが、「このような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない」としています[2]

 ただし、全くの救済がないかというと、そういうわけではありません。最高裁は、「これに対する立法措置によってその是正を図る」という方法や「場合によっては、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等を適切な運用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る」という方法を提示しました。つまり、後者の方法は、民法1条や90条といった一般的制限規定の中で憲法上の権利としての利益を考慮し、紛争を解決するという方法です。これが、いわゆる間接適用説といわれます。

 この方法の前提として、私人間の関係においては、「原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整を図る」という前提があります。

 整理しますと、私人間の関係の紛争の解決の仕方は、原則として、私的自治に委ねられ、社会的に許容し得る一定の限定を超える場合という例外状態において、法による解決を図ることになります。そして、例外状態において、法をどのように適用されるかといえば、一般的制限規定を適用し、その中で憲法上の権利としての利益を考慮することになります。

 

2 間接適用説から検討する事案

 間接適用説の理解は、前述のようなものです。しかし、必ずしも書く必要のあるものでしょうか。例えば、処分違憲の際に、要件の解釈として憲法の権利としての利益を考慮していました。そうだとすれば、間接適用の論証を踏まえて考えるのは、かえって迂遠になってしまいかねません。判例もすべての事案において、間接適用説の論証を引用しているわけではありません。では、いかなる場合に引用しているのでしょうか。

 そもそも間接適用説の前提がなんだったのかを思い出しましょう。それは、私的自治の原則とその例外的状態の発生でした。すなわち、私的自治の原則の範囲内に明らかに入っているのだが、憲法上の利益が害されている可能性があるという場合です。そのため、間接適用説の論証が用いられるのは、明らかに私的自治の範囲内に入っている事案です。

 明らかに私的自治の範囲内に入っている事案とは、明らかに起きている対立点が当該団体の目的の範囲内にある事案です。というのも、私的自治の原則は、団体の目的の範囲内で認められているからです。

 例えば、学校においては、教育目的のために学則が規定できるところ、その学則によって憲法上の権利を制約してしまっている場合です[3]。この場合、学校が本来的に認められている目的の範囲内において、対立点が生じています。

 間接適用説の論証を使う事案であるときは、憲法何条の権利の問題かを指摘することを忘れてはいけません。そして、団体の性質を加味することです。閉鎖的な団体であれば、受け入れる必要性はなくなりますし、公共的な団体であれば受け入れなくてはいけません。このように、団体の性質に着目することも重要です。

 

Ⅱ 知識の整理2-団体と構成員についての判断枠組み

 ここでは、団体と構成員についての事案でどのような判断枠組みを定立するのかを検討していきましょう。このような事案は、目的の範囲内に入るかどうかはっきりとは言えない事案ですので、間接適用説の論証は基本的にはいりません。

 

1 判例の俯瞰の結論

 関連する判例を通覧すると、最高裁は、①目的の範囲内であるか、②協力義務の範囲内であるか(公序良俗に反しないか)という2段階の審査をしていることがわかります。

⑴ 2段階の審査を用いる理由

 民法34条では「法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。」としています。団体が活動・決定などを行うにあたって、大前提として①目的の範囲内でなければ、統制権を行使し、構成員を協力させること(協力義務)ができません。そのため、まず目的の範囲内かが問題となります(上記との兼ね合いでいうと、そもそも原則となる私的自治が認められるかということを検討しています。)。

 目的の範囲内であったとしても、著しい権利制限を伴うものは強制されるべきではありません。このように、②団員の協力義務が否定される特段の事情のある場合は、公序良俗に反するとして、無効やら違法やらとなるでしょう(上記との兼ね合いで言うと、例外状態として救済をする必要があるかどうかということを検討しています。)。

⑵ 審査密度を考える要素

 各判例を比較すると、結論を左右する要素がいくつか浮かび上がります。主たるものとしては、Ⓐ団体の公的性格の有無、Ⓑ脱退の自由の制約の有無、Ⓒ構成員の権利に対する規制態様の3つです。

 Ⓐ公的性格の団体であれば、公益目的に制限されます。また、Ⓑ脱退の自由がない場合においては、「その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている」ので、目的を広くとってしまうと、思想・良心の自由への制約が大きくなってしまいます。そのため、目的の段階で、制限されることになります。

 目的の範囲内だとしても、公序良俗に反するような協力義務を課すことは許されないとのことでした。その際には、憲法上の権利に対する制約という視点であるⒸの要素を使っていきます。仮に、協力義務の内容が、政治的行為に関するものである場合は、思想の自由への侵害の危険性が高くなり、協力させにくくなるはずです。なお、Ⓒの位置づけについては、ⒶⒷとは異なり、個別具体的検討レベルの話であると整理することができる。ただ、Ⓒまでを考慮して、左の天秤の傾きを考えているとも考えられるのではないかと思います。

 別の要素として、寄付の場合などにおいては、会費の名目や額を考慮することができます。一般会費であれば、通常、目的に沿ったもので払わなければならないものですが、特別会費となると、本来の目的の範囲なのか疑問になりますし、例外的な協力要請を求めることになりますから、厳格な審査を用います。また、額が高額であれば、目的の範囲外とも考えることも可能です。

 

2 判例の分析

 次の5つの判例を俯瞰してみると、上記の結論に辿り着くことができます。あてはめ方の参考になりますので、どのように要素を踏まえているのかを考えていきましょう。

⑴ 三井美唄炭鉱事件[4]

 労働組合が市議会議員選挙に向けて統一候補として支援する候補者を決定したが、統一候補選に敗れたAが独自立候補しようとしたところ、X組合執行委員会がこれを阻止し、Aの組合員としての権利を1年間停止する旨の処分をしたため、選挙自由妨害罪に当たるとしてXが起訴された事件です。

 まず、判旨では、団体の性格について言及します。「労働組合」という団体の性質からして、「組合の統制権は、一般の組織的団体のそれと異なり、労働組合団結権を保証するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においては、労働者の団結権保障の一環として、憲法28条の精神に由来するもの」としました。Ⓐの要素から、②の協力義務を強く要請したのです。

 しかし、そもそも労働組合にとって政治活動が目的の範囲内(①)なのでしょうか。この点について、「労働組合が……その目的達成に必要な政治活動や社会活を行うことを妨げらえるものではない」として、目的の範囲内であると判断しています。

 そのため、②の段階についての判断がポイントになりました。前述したように、強い統制権(協力義務)を要請していることから、範囲は拡大したかに見えます。しかし、立候補の自由(憲法15条1項)が重要な利益であること、これに対する規制態様として立候補のとりやめを要求し、これに従わないことを理由に処分したことから、不利益が重大である(Ⓒ)として、許容される限度を超えていると判断しています。

 つまり、Ⓐの要素から②の範囲を見つつも、Ⓒと統制目的の比較衡量を行い、不利益の方向に傾いていること(不利益を上回る利益とはいえないこと)から、範囲外であると判断しました。

⑵ 八幡製鉄事件[5]

 八幡製鉄の株主Xが、代表取締役2名が同社の名前で政治献金をしたことを株主代表訴訟において争った事件です。

 判例は、まず目的の範囲(=法人の権利能力の範囲)について、会社は、「自然人にひとしく、国家、地方公共団体、地域社会その他の構成単位たる社会的実存なのであるから、」政治遠近をすることはできるとし、株主もこのことを予測しているとして、「目的の範囲」に含まれる(①)としました。そして、国民にのみ参政権が認められたものであることを確認した後に、「会社が、納税の義務を有し自然人たる国民とひとしく国税等の負担に任ずるものである以上、納税者たる立場において、国や地方公共団体の施策に対し、意見の表明その他の行動に出たとしても、これを禁圧すべき理由はない」とし、協力義務の範囲内であり(②)、民法90条に反しないとしています。

 目的の範囲を広くとらえることを踏襲し、また協力義務の範囲(=統制権の限界)も大きく認めています。会社という私的団体であるということ(Ⓐ)が効いています。

⑶ 国労広島地本事件[6]

 労働組合安保闘争に関わっていた時代において、炭労資金・安保資金・政治意識高揚資金などのために臨時徴収することの違法性が争われた事件です。

 三井美唄炭鉱事件判決を踏襲して、労働組合の目的の範囲を広くとらえました(①)。もっとも、労働組合の性質(憲法28条)(Ⓐ)から協力義務を広く認めるかと思いきや、「組合に加入していることが労働者にとって重要な利益で、組合脱退の自由も事実上大きな制約を受けていることを考えると、労働組合の活動として許されたものであるというだけで、そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定することは相当ではない」として、脱退の自由(Ⓑ)が実質的にないことから、協力義務の範囲に一定の歯止めをかけました(②)。

 その上で、各資金の内容からどのような自由が制約されるかを詳細に特定し、不利益と利益の比較衡量を行っています。政治意識高揚資金については、政治的思想の自由への重大な制約になる(Ⓒ)ことから、協力義務の範囲外として違法としました。他方で、安保資金については慎重な検討の後に政治的思想などに関係する程度がきわめて軽微であること(不利益が乏しいこと(Ⓒ))から協力義務を課すことができるとしました。

 このように、目的を依然として広く認めている(①)一方で、脱退の自由が大きく制約されていること(Ⓑ)から、協力義務の範囲(②)に制限をかけたといえます。資金の目的が一般的なもの特別性・個別性のあるもので協力義務が異なっています。判旨をみると、資金目的に応じて違法か否かの結論が変わっていることがわかります。

⑷ 南九州税理士会事件[7]

 税理士法改正を働きかける運動資金として会費徴収決定を行いました。これに対し、特別会費の徴収の納入義務の不存在確認訴訟などを提起して争った事案です。

 判例の結論は、「政治団体に金員の寄付をすることは、……税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員あら特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである」というものです。

 判例は、税理士会の「公的な性格」(Ⓐ)を理由に、「会社とはその法的性格も異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の養成する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する」というように、目的の範囲を狭めました(①)。そして、「法が税理士会を強制加入の法人としている」こと(Ⓑ)から、「様々な思想・信条及び主義・主張を有する者が存在ことが当然に予定」され、それとの対立が予測されることから、協力義務の範囲も限界があるとし、広く見ていません(②)。

 ここにきては、今まで広くとらえられていた目的の範囲(①)が、公的な性格(Ⓐ)と脱退の自由の制約(Ⓑ)から狭められることになりました。

 そして、「政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄である」として、公的な団体がすることではないとし、「税理士会の目的の範囲外の行為」であると判断しています。目的を詳細に分析するという姿勢が見られます。

⑸ 群馬司法書士会事件[8]

 司法書士会が被災したほかの司法書士会への寄付を会員に強制することが問題となった事件です。

 結論としては、南九州税理士会事件とは異なり、目的の範囲内であり、協力義務を課すことができるというものでした。判旨を見ていくと、「司法書士会は、司法書士の品位を保持し、その業務の改善進歩を図るため、会員の指導及び連絡に関する事務を行うことを目的とするものである」とし、加えて法務大臣による監督に服していることも考慮すると、公的な性格(Ⓐ)を持つものとして認定しているように見えます。また、司法書士会が強制加入団体であること(Ⓑ)から、南九州税理士会と同様の結論になりそうです。判決に齟齬が出たのは、今回の寄付は「被災者の相談活動等を行う同司法書士会ないしこれに従事する司法書士への経済的支援を通じて司法書士の業務の円滑な遂行による公的機能の回復に資することを目的とする趣旨」であったということです。つまり、特定の政治的立場を支援するものでないという点(他の権利を侵害するようなものではない点(Ⓒ))を重視していたと思われます。

 

 検討編②⇒https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/15/165957

 

[1] 最大判昭和48・12・12民集27巻11号1536頁[Ⅰ-9]

[2] 国家類似説を否定した部分です。この説をアメリカ流にいえば、ステイト・アクションの法理です。当該法理は、「人権規定が公権力と国民との関係を規律するものであることを前提としつつ、(ⅰ)公権力が私人の私的行為にきわめて重要な程度までに関わり合いになった場合、または、(ⅱ)私人が、国の行為に準ずるような高度に公的な機能を行使している場合に、当該私的行為を国家行為と同視して、憲法直接適用するという理論」をいいます。

[3] 最3小判昭和49・7・19民集28巻7号19頁[Ⅰ-10](昭和女子大事件)参照。会社の就業規則憲法上の利益と対立した事案として、最3小判昭和56・3・24民集35巻2号300頁[Ⅰ-11](女子若年定年制事件)。なお、女子若年定年制事件では、憲法14条の間接適用をしていることが判旨からわかります。しかし、平等が問題となる事案で、憲法14条を指摘している事案はあまり多くはありません。というのも、一般的に、憲法14条を用いるまでもなく、公序良俗の中には客観法としての平等原則が含まれているからです。

[4] 最大判昭和43・12・4刑集22巻13号1425頁[Ⅱ-144]

[5] 最大判昭和45・6・24民集24巻6号625頁[Ⅰ-8]

[6] 最3小判昭和50・11・28民集29巻10号1698頁[Ⅱ-145]

[7] 最3小判平成8・3・19民集50巻3号615頁[Ⅰ-36]

[8] 最1小判平成14・4・25判時1785号31頁[判プラ59]