J-Law°

司法試験・予備試験受験生やロー受験生のモチベーション維持のために、定期的に問題の検討をしていきます。

検討課題4:検討編①~「判例」と「判例の射程」~

Ⅰ 「判例」とはなにか。

0 判例の意義を知る必要性

 「判例は重要です。事案で使うようにしましょう。」とよく聞きますが、そもそも「判例」とは何でしょうか。問題文でも「判例に即して」と言いますが、判例をどうすればいいのか、学習を進めていくと常に疑問に思うところだと思います。

 民事訴訟法318条1項では、「最高裁判所判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所判例)」という文言が用いられ、判例と「相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」について、上告受理申立てが認められることになっています[1]。この「判例」にあたるか否かという形で、判例の意義は問題となってきます。

 

1 判例の意義

 では、「判例」とはなんなのか。本題に入りましょう。実は、「判例」という用語自体、多義的に用いられています[2]。挙げるとすれば、①先例となる判決(決定)又はその判断、②参考になる判決例(決定令)、③判例理論(特定の問題についての裁判所の基本的な法律的考え方)などがあげられます[3]。もっとも、判例学習においては、①「先例となる判決(決定)又はその判断」という意味で押さえておくべきでしょう[4]

 

2 判例の体系

 先ほどみた民訴法318条1項をみると、高等裁判所の判断であっても「判例」という言葉が使われています。そのため、最高裁判所の判断のみが判例であるとの認識は、厳密には、不正確ということになるでしょう。

とはいえ、裁判例の中にも明確な序列があります。ⓐ先例としての価値のある最高裁判決(及びそれに準ずるもの)と、ⓑ単なる参考としての意味しかない下級審裁判例等です。ⓐとⓑを明確に区別すると、「判例」とはⓐに位置付けられるものということになります。そうだとすれば、“判例最高裁判所の判断”という認識も完全におかしいということにはなりません。判例学習という意味では、上記①の定義として覚え、ⓐとⓑの区別を認識しながら、学習するのがいいと思います。

 最高裁の判決と決定のうち、最高裁判所判例委員会によって判例として公刊する価値があるものとされたものは、「最高裁判所判例集」と称する公式判例集に登載されます(判例委員会規程1条、2条)[5]最高裁判所民事判例集を「民集」、最高裁刑事判例集を「刑集」と略称します。最高裁判所判例集に登載されたものは、判例と呼ぶにふさわしいものです。

 判例の射程を検討する上で重要ですから、登載項目を確認しておきます。登載項目は、判示事項、判決要旨、参照条文、判決(主文と理由)、上告理由・上告趣意、原判決・第一審判決(全部又は一部が省略されることもあります。)から成り立っています。判示事項、判決要旨、参照条文の各項目は判例委員会の議を経たものであり、当該最高裁判決の先例となる判断が何なのかを理解する手がかりとなります。

 「判示事項」は、当該判決がどのような法律問題について判断したのかを簡潔に示すものです。「判決要旨」は、判事事項に示した法律問題につき、当該判決のした法律判断の結論(どのような内容の判断をしたのか)を整理して示すものです。「参照条文」は、判事事項及び判決要旨によって示された法律判断が制定法のどの条項の解釈又は適用に関するのかを示すものです。

 

3 主論と傍論

 「先例となる判決」と言いますが、どのような点で「先例」なのかを理解しなければなりません。裁判所は、事実認定をしたうえで、法律を解釈し、事案へ適用し、結論を下します。特に、最高裁判所は、「法令の解釈に関する重要な事項」を判断します。日本が制定法国ですから、制定法の解釈適用についての判断をするのは当然です。「先例」とは、制定法の解釈適用についての判断としての先例なのです。つまり、判例というべき判断は、制定法の解釈適用についての結論命題であるということになります[6]

 事案の問題の解決としての結論命題のみが判例としての判断部分ですから、理由中に示されたその他の法律判断は先例としての意味をもつ判断ではありません英米法では、判例としての判断部分を主論(ratio decidendi)と呼び、それ以外の判断部分を傍論(obiter dicta)と呼びます[7][8]

 判例学習においては、判例と呼ぶことのできる主論に相当する部分がどこなのか、判決要旨などを手掛かりとしながら、判断し、それを理解する必要があります[9]

 

4 少数意見

 これまでの話から、判決文から判例としての判断部分を把握することができるはずです。ただ、最高裁判所の判断には、法定意見である多数意見のほかに、少数意見が付せられています。少数意見には、反対意見、意見、補足意見の3種類があります。いずれも、争点ごとに考えられています。

 「反対意見」とは、ある争点についての多数意見の結論に反対するものです。単なる「意見」とは、ある争点についての多数意見の結論には賛成しつつ、その理由付けを異にするものです。「補足意見」とは、多数意見に加わった裁判官が何等かの理由から自らの意見を付加するものです。

 少数意見は、判例を正しく理解することに繋がります。特に、判例の射程を画するのに示唆を与えるものもあります。そのため、軽視すべきではないものなのです。

 

Ⅱ 「判例の射程」とはなにか。

1 「判例の射程」という言葉の意味

 判例は、具体的な事案の判断の上に成り立つものです。法律家は、当該判例によって具体的な法律問題を解決するため参考になることから、判例を利用しようとします。その際、目の前の具体的な法律問題に関連するものかどうか、その関連性の程度はどうかを判定することが必要になります。

 つまり、判例を扱うには、まずもって当該判例の適用範囲を正しく理解しなければならないということになります。この判例の適用範囲のことを、一般に「判例の射程」又は「判例の射程範囲」という用語で表現します。

 

2 判例の射程の捉え方

 では、どのようにして、判例の適用範囲を割り出せばいいのでしょうか。判例というべき判断とは、制定法の規定の解釈適用についての結論命題でした。裁判における結論命題は、当該事件に存する具体的事実を前提にして一定の法律効果が発生するという形で述べられます。そのため、当該事件に存する具体的事実のうち当該法的効果の発生を認めるのに必要最小限の類型化された事実は何かを確定する作業(分析)が必要になります。この必要最小限の類型化された事実を、英米法では「重要な事実(material facts)」と言います。判例の射程を確定する作業とは、この「重要な事実」を確定する作業です[10]

 そして、「重要な事実」を確定するために、判例集のテキストや最高裁調査官による判例解説は最高のツールになります。

 図に表すと次のようになります。

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図1

 判例1では、「事実aと事実bと事実cと事実dがある場合に、法律効果Aということになる」という判断がなされたということです。“重要な事実”を確定させることとは、まさに、判例部分(先例となる法解釈適用に関する結論命題としての判断部分)を見て、事実aから事実dまでを分析する作業です。

 判例1と判例2を比較すると、判例2では、事実eという“重要な事実”が追加されています。となると、判例2の方が、適用することが難しいことになります。判例2の射程は、判例1と比べて、小さいことになります。

 

3 判例の種類-法理判例、場合判例、事例判例

 個別の判例の射程をとらえるとき参考になるのが、判例の種類というものです。判例と呼ばれるものにもおのずから射程の広いものと狭いものとがあります。学問的な観点から厳密な区別ではありませんが、実務上、法理判例、場合判例、事例判例という三つに区別されています。民集の判示事項と判決要旨も、これを意識した表現になっていることが通常です。

 「法理判例」とは、制定法の要件又は効果に係る規程の解釈を示す判断をしたものをいいます。これに対し、「事例判例」とは、制定法の要件又は効果に係る規定の一定の解釈を前提として、当該事案についての適用の可否を示す判断をしたものをいいます。「場合判例」は、二つの中間に位置し、そこで示された判断が当該事案に限定されるわけではないが、制定法の要件又は効果に係る規定の解釈としては一つの場面に限定されたものを言います。

 なにを言っているのか、よくわからないと思います。今回の問題の検討の中で、最3小判平成8・11・12民集50巻10号2673頁を素材にして、考えていきたいと思います。

 

4 判例の射程外なら結論は判例と逆になる?

 判例の射程の捉え方は、結論命題を導くために必要な「重要な事実」を把握することでした。当該判例の事案との違いというのは、この「重要な事実」を充足するか否かという話であって、必ずしも具体的な事実関係が異なるからというわけではありません。

⑴ 判例の射程外の問題

 さて、受験生が解く問題の半分くらいは、判例の適用範囲の内側(「重要な事実」を満たすもの)でしょうが、残り半分くらいは、判例の適用範囲の外側(「重要な事実」をすべてみたさない)の問題でしょう。判例の適用範囲外の場合、同じ法律効果の発生は認められないとしてしまいたいところですが、必ずしもそういうことにはなりません。

 「重要な事実を満たすならば、判例の射程が及ぶ」と「重要な事実を満たさないならば、判例の射程は及ばない」というのは、論理学的には、逆の関係です。このとき、前者と後者の結論は、一致する場合もあれば、一致しない場合もあります。

 では、判例の射程が及ばないときは、どのように考えていけばいいのでしょうか。「判例に即して」とか言いつつ、判例に即せなくなってしまうのですかね…。

⑵ 判例の射程外のときの検討

 まず、「重要な事実」をすべて満たさない以上は、判例の射程外です。

 次に、判例の射程外であっても、例えば、事実eをもって事実dを代替させることに合理性があるのであれば、その事実の組み合わせによって同一の法律効果を導くことは、背離ではないのです。

「本件は法律効果Aの発生を肯定した既存の判例とは事案を異にする。したがって、本件では法律効果Aの発生は認められない。」との判決文は、「既存の判例の射程外である。しかも、本件の事情の下では、代替となる事情もない。したがって、本件では法律効果Aの発生は認められない。」と読むべきなのです。

 図で少し説明したいと思います。

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図2

 左に示すような既存の判例があったとします。検討対象事案と比較すると、“重要な事実”のうち、事実dはなく、事実eがあります。となると、重要な事実としての事実dをみたさない以上、判例の射程外ということになります。

 しかし、事実dと事実eが代替可能な事実である場合、既存の判例と同じ法律効果を導いてよいことになります。このとき、なぜ代替できるのかなぜ代替しても判例理論が通じるのかについて、説得的な論述をしていく必要があります。

 「このような同一の法律効果を生じていれば、判例の射程内である」という説明がなされることがありますが、それは誤りです。「判例の射程外ではあるが、同一の判例理論が適用できることから、同一の法的効果になる」というのが正確です。

 

検討編②~本問の検討~(下記のURL)へ続く!

https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/19/174231

 

[1] 「その他」と「その他の」は法令用語として別の意味を有する。「その他の」となっている場合は、「その他の」に続くものの例がその前に示されている。例えば、民訴法318条1項は、「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」という広い言葉の1つの例として、「最高裁判所判例……と相反する判断がある事件」が示されていることになる。他方で、「その他」というものは並列の関係にあるものをいう。例えば、憲法21条1項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現」と書かれているが、「言論」、「出版」と「その他一切の表現」が並列の関係にあることを示している。なお、「及び」も法律用語であり、「集会」と「結社」と「言論、出版その他一切の表現」が並列であることを示す。

このような法令用語の理解は、行政法のような初見の法令を正確に読むのに役立つため、一通り確認してみるとよい。なお、上記説明は、田中豊『法律文書作成の基本』(日本評論社、第2版、2019年)241-242頁参照。また、法令用語が表としてまとまっているものとしては、大島義則『憲法ガールⅡ』(日本評論社、2018年)25-26頁。

[2] これを指摘するものとして、遠藤研一郎『民法[財産法]を学ぶための道案内』(法学書院、2011年)191頁。アドバイスを受ける際には、どのような定義で「判例」という言葉を使っているかを把握しておかないと、正確な理解ができません。

[3] 田中・前掲注1 53頁。

[4] 日本法は大陸法系に属しており、先例拘束性の原理を採用していないことから、判例法源として挙げることはできない。しかし、判例が裁判規範として実際に果たしている役割は制定法そのものに劣後するものではなく、さらに、紛争になった場合における裁判規範としての判例が行為規範として常に参照されている。このような重要性があるからこそ、学習にとって不可欠なのであるから、先例としての意味を前提とする方がよいと考える。なお、伊藤正巳・加藤一郎『現代法学入門』(有斐閣、第4版、2005年)59頁では、①の意味で判例を説明している。

[5] 登載するほど重要ではないが、裁判実務の参考になるとされたものは、「最高裁判所裁判集」に登載されます。民事のものを「集民」、刑事のものを「集刑」と呼びます。最高裁判所の判断である以上、民集刑集と同様の地位にあるはずですが、事実上のヒエラルキーは存在します。田中・前掲注1 55-56頁参照。

[6] 結論命題、すなわち、法律をこういう風に解釈して適用する、こういう事実に着目して適用するという結論部分である。解釈に至るまでの思考過程(論理)は厳密には判例部分ではない。この思考過程と結論命題を併せたものが、判例理論である(③の定義)。主論の中には、思考過程+結論命題が存在している。

[7] 日本は英米法系の国ではないが、主論と傍論とを区別して認識することが重要であることに変わりはない。

[8] 傍論であっても、当該判決に関与した裁判官の全員一致又は多数の法定意見として示されたものであることから、その判断が将来の判例に発展する可能性は否定できず、また、判例となる前の時点においても、その内容次第では、下級審の裁判をリードする効果が一定程度ある。

[9] 注意しなければならないのは、判例として価値のあったものが、法改正や判例変更等により、その価値を失っている可能性があります生きている判例か否かもチェックしなければなりません。

[10] 日本のロースクールでは、判例ではなく制定法を素材にし、あわせてそれぞれの法律効果を訴訟における主張・立証責任の構造の中に位置付けて議論をすることによって、法的議論を攻撃防御の観点から立体的に理解させるという方法をとっている。いわゆる「要件事実教育」である。要件事実の知識・思考は、民法にとどまらず、民事訴訟法の正確な理解、判例の射程の捉え方にも重要な影響をもたらす。