J-Law°

司法試験・予備試験受験生やロー受験生のモチベーション維持のために、定期的に問題の検討をしていきます。

検討課題7:検討編①~入口の特定~

Ⅰ 問題の分析

 慶應義塾大学大学院法務研究科(通称「慶應ロー」)2019年度の問題です。この問題を読んだ受験生は、「13条後段の問題でそれなりに書ける!」と思ったことでしょう。しかし、この問題は非常によくできていて、ちゃんと考えていないと薄っぺらな答案になってしまう問題です。慶應ローの出題傾向でいう説得論証型の問題です。

 慶應ローでは、入口の特定が一番重要になってきます。今回も入口の特定の段階で多くの答案が批判されています。また、人格的権利説へのあてはめについても具体的にできていない答案が多数みられ、批判されています。さらに、判断枠組み個別具体的検討も説得的な論じ方ができていないと批判されます。特に、目的の認定についてはものすごく批判されています。なお、さっきから「批判されています」と言っていますが、慶應ロー3年の講義中に、実際に教授たちが採点のストレス発散なのかは知りませんが、実際に教授から聞いた話です

 どこまで問題を丁寧に読み、わずかな誘導に従って書けたでしょうか。どこまで問題の具体的事実を使うことができたでしょうか。どこまで考えるべきことを考えることができたでしょうか。これらは司法試験に求められる力そのものです。今の実力を測り、ちゃんと対策していきましょう。

 

Ⅱ 入口の特定

 ここでいう“入口”とは、「入口」とは、当事者の生の主張から特定された具体的自由の設定・権利と条文の選択及び違憲の対象の選択です(検討課題2:検討編①(https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/11/010829)で説明しています。)。慶應ローの憲法においては、この入口の特定が非常に重要であり、ここをミスするとかなり痛いことになります。司法試験の受験生もこの入口の特定を無視しがちです。しかし、答案に書くかは別として、ここを丁寧にやるだけで筋の通った解答ができます。あまり重視されていない概念ですが、問題を解くうえでは答案構成用紙にメモっておくことは重要だと思います。

 

1 違憲の対象の選択

 本問では、「特例法のどの部分が、いかなる憲法上の権利との関係で問題になり得るのかを明確」にすることが求められます。どんな問題であって、違憲の対象は具体的に特定することが必要です。

 本問において、特例法全体を違憲とすることはどうでしょうか。特例法は、性同一性障害者に法的地位を与えるものであり、むしろ憲法に親和的なものです。そのため、特例法全体という考え(そういう書き方)をした時点で、点数が低い答案になります。

 Xの生の主張はなんでしょうか。Xは特例法3条1項4号の要件を満たしていないために却下されています。そのため、この4号だけを問題視しています。問題文からすれば、違憲の対象は、特例法3条1項4号となります。

 もう少し考えたいのですが、特例法3条1項全体を違憲の対象と捉えるのはどうでしょうか。受験生の中にはこのように違憲の対象を設定した人もいたようです。しかし、この設定の仕方も筋が悪すぎます。仮に、違憲になった場合、特例法3条1項は無効となってしまします。そうすると、性別の取扱いの変更の審判をすることができなくなってしまい、Xのような性同一性障害者にとっては不利益でしかありません。

 このように、違憲の対象をどのように特定しているか(その書きぶり)だけで、その人がどの程度考えて違憲の対象を設定しているのかがすぐわかってしまいます。

 

2 具体的な自由の設定、権利と条文の選択

 もっと恐ろしいのは、具体的な自由の設定です。受験生の多くは、「性別を変更する自由」と設定したようです。しかし、これはあまりいい設定の仕方とはいえません。出題趣旨では、「それは余りに一般的・抽象的で、人格的利益とのつながりも希薄なものとなろう」と指摘されています。例えば、性同一性障害者以外にも趣味で女装をする人や法的に変更を求めないオカマの人、男性だけど「私は女性なの」と言いたいだけの人などはどうでしょうか。今単に「性別を変更する自由」といえば、それはこれらの人も含み得るものです。Xとは違いますよね。

 じゃあ、具体的にしまくればいいかといわれるとそういうわけでもありません。例えば、「身体は女性として生まれたが、心は男性で、既にホルモン治療等を受けているXの性別を変更する自由」とした場合、Xと全く同じ状況の人以外の自由は憲法上判断されていないことになります。「特例法の憲法上の問題点」ってそんな限定的な問題なのでしょうか。違いますよね。

 では、どのように具体的な自由を設定すべきだったのか。出題趣旨では、「『法令上自らの性自認に従った取扱いを受ける自由』や、身体の不可侵性に由来する『性別適合手術を強制されない自由』(身体に関する自己決定権)」が例に挙げられています。前者は、「法令上」というのがポイントです。単なる事実に基づいて取扱いではなく、法令上の取扱いを受けることができるという点が特例法のポイントであり、Xを含む性同一性障害者にとっての利益になります。後者は、身体に関する自己決定権の一種と捉える設定の仕方です。

 「わかるんだけど、ここまで考えられないよ」と思った人が多いと思います。しかし、問題文にちゃんと誘導があります。入口の特定は、“当事者の生の主張から特定される”のです。Xの生の主張は、「生殖腺の除去といった身体に著しい侵襲を伴う手術をすることに恐怖を覚えていることなどを理由に,特例法3 条1 項4 号の要件を満たすために行われる生殖腺の除去手術等を受けていない」というものです。Xにとって、なにが一番のハードルかと言えば、「身体に著しい侵襲を伴う手術を受けること」なのです。ということは、Xは、性別適合手術を強制されること”が嫌であり、性別適合手術を強制されない自由”を求めているといえます。先ほどの後者の具体的自由の設定が、問題文からわかるのです。ここまでちゃんと読むことが求められています。

 この具体的自由は、個別の規定では保障され得るとは考えにくく、憲法13条後段「幸福追求に対する国民の権利」との関係で考えていくことになるでしょう。

 ここまでで、3分の1くらいの受験生が悲惨な目に遭っているような感じがします。

 なお、受験者の中には、14条による構成をした人もいたようです。この場合、何と何の区別なのかを説明できてなくてはいけません。生殖機能喪失要件が性同一性障害者とそうでない者を区別しているわけではありません。無理に構成するとすれば、性同一性障害者の中において、生殖機能がある者とない者の区別という形で構成することはできなくはありませんが、この区別を検討したところで筋がいいとは思えません。また、14条で構成した場合、13条後段の話に触れることになると思います。それならば、始めから13条後段を選択すべきです。

 

※設問の関係上、答案にもしっかりと書かなければならないところです(指示がなくとも、慶應ローの問題ではちゃんと考えておくべき部分です。)。さらっと流してしまう部分かもしれませんが、入口の特定をきっちりやっておくと、ぶれない答案が書けます。明日以降は、これを前提に、具体的な中身に入っていきます!

検討編②~憲法上の権利の制約~

https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/31/171746