J-Law°

司法試験・予備試験受験生やロー受験生のモチベーション維持のために、定期的に問題の検討をしていきます。

検討課題7:検討編②~憲法上の権利の制約~

入口の特定ができたので、具体的な検討に入ります。

人格的権利説へのあてはめがちゃんとできていますか?

検討編①⇒https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/30/191811

 

Ⅲ 知識の整理―13条後段

1 新しい人権の保障はできるのか?-13条後段の解釈【保障領域】

 憲法の条文を見てみると、14条以下で具体的な権利が明示されています。では、明示されている条文では保障できない権利(プライバシー権、自己決定権、環境権など)はどのように保障するのでしょうか。これらを新しい人権といいます。

⑴ 人格的権利説からの解釈

 13条後段の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は何を保障しているのでしょうか。人格的権利説と一般的権利説[1]の対立がここにあります。対立に注目しがちですが、文言の解釈として展開すべきものですので、文言の指摘をすべきです。

 現在の社会情勢からして、制約態様の多様化から明文化されている権利のみでは私生活領域を保護することは困難です。そのため、新しい権利を認める必要性はあります。しかし、あらゆる権利を認めてしまうと、人権の価値の低下(人権のインフレ化)が生じます。これは避けるべきであり、重要な権利のみにすべきです。そこで、「人格的生存に不可欠な権利」という保障領域が出てきます。これが人格的権利説です。

 なお、最高裁は、13条を前段と後段に分けて考えていないと思われます[2]。そのため、単に「13条」と示すだけで問題はありません。

⑵ 人格的権利説と判例からの権利の分類

 人格的権利説と判例をみると、権利・利益の種類を3種類に分類することができます。まずは、①判例上認められている「私生活上の自由」です。そして、②人格的生存に不可欠な権利となるもの、③人格的生存にとって不可欠でないものに分けられます。

 今回は、本問に関係のある②だけを見ていきます。

 

2 人格的生存に不可欠な権利―自己決定権を中心に

 プライバシー権以外で、人格的生存に不可欠な権利は13条で保障されます。これはいずれの説に立ったとしても、言えるものです。具体的には、生命・身体の自由[3]、人格権[4]パブリシティ権[5]、自己決定権などが挙げられます。ここでは、自己決定権について、少し掘り下げます。

⑴ 自己決定権の定義と保障領域

 自己決定権とは、私的な事柄について、公権力の干渉を受けることなく自ら決定することができる権利です。その内容としては、自己の生命身体の処分に関わる事柄(尊厳死の可否など)、生殖活動や家族の形成・維持に関わる事柄、ライフスタイルに関わる事柄などがあります。信仰による輸血拒否権は自己決定権の一つとして認められています[6]

 保障領域との関係では、これらをすべて「私的な事柄」とまとめてしまうこともできますが、ライフスタイルに関する事柄は、必ずしも人格的生存に関わるものとはいえないため、保障されない可能性があります。前二者については、基本的に認められます。プライバシー権とパラレルに考えると、「私的な事柄」の内容によっては、権利の重要性に大きな違いが生じてくるでしょう。

⑵ 制約の重大性

 制約の重大性との関係では、パターナリズムの導入がなされる可能性が高いです。例えば、自律的判断能力の乏しい未成年者や高齢者などは、客観的にみて本人の利益とならない場合があり得るため、一定の制約が認められます。また、安楽死や妊娠中絶、クローン人間などとの関係では、人の尊厳の保持や人の生命及び身体の安全の確保などの観点から、制約を受けざるを得ないと考えることもできます。

 

Ⅳ 憲法上の権利の制約

 「幸福追求をする国民の権利」の解釈を示し、あてはめを行い、結論として、自らの設定した具体的自由が13条後段により保障されていることを示します。法的三段論法を意識して展開することが重要です。人格的権利説を展開する場合、必要性と許容性の2つの観点を指摘する必要があります(必要性だけでは「人格的生存に不可欠な権利」に限定している理由が示されていません。)。こういうところを丁寧に書かないと、説得論証型の問題では、説得性を欠いているとして点数がちゃんと入りません。なお、一般行為説による論証をする場合、判例との整合性の観点からより説得的な論証をする必要があります。

 規範として「人格的生存に不可欠な権利」を示せても、そのあてはめができない受験生が多いです。あてはめにおいては、①“人格的生存”に関すること②“不可欠”といえることの2点を説得的に論じられていることが必要です(密接に関連しているので、あえて分ける必要はありませんが、意識として分けた方がより説得的な論証を書けます。)。まず、この2点を意識することです。受験生の多くは、“人格的生存”ってなにかを理解していないように思えます。だから、あてはめが雑になるのです。

 “人格的生存”ってなにか。ここでいう人格的生存とは、その人がその人らしく生きていることだと考えます。つまり、その人の核心となる個性(パーソナル)な部分をもって生きていることです。“人格的生存”のあてはめをするには、その人の核心となる個性という点を意識したあてはめが必要になります。

 性別適合手術を受けることは、その人の身体に著しい侵襲を加えることであり、生命・身体に関する重大な決定事項です。そして、身体的特徴はその人の個性とも関連するものであり、メスなどの傷はその人の身体的特徴として残る可能性のあるものです。こう考えると、性別適合手術についての決定は、本人の核心となる個性に関わるものであり、その決定権は人格的生存に関するものといえます。そして、重大な決定事項であることから、その決定をすること、すなわち、強制されないことは人格的生存に不可欠なものであるといえます。これより、“性別適合手術を強制されない自由”は人格的生存に不可欠な権利といえ、「幸福追求に関する権利」として憲法13条後段により保障されます。

 ダメな答案は、性別適合手術を強制されない自由”が身体に対する自己決定権の一種であることを理由にして、人格的生存に関するものであるという論証を展開する答案です。この答案は自己決定権が当然に13条後段で保障されることを前提としています。しかし、自己決定の範囲は広く、その中でも人格的生存に関する決定のみが保障されています。どういう意味で“人格的生存に不可欠”なのかを丁寧に論じることが求められます。

 入口の特定の段階で、“性別適合手術を強制されない自由”と設定した場合、特例法3条1項4号は、法令上の性別の取扱いを受けたい性同一性障害者に対し、これを強制することになるため、制約が認められるということになります。入口の特定の段階で、下手な設定をすると、制約の部分を丁寧に説明する必要があります。

 

※チェックポイントが多く、流してしまいがちなところが多いと思います。一個一個確認していき、答案の精度を高めていきましょう。

※次回は、判断枠組みの定立ってなにやっているのかという本質的な話をしようと思います。検討編③~判断枠組みの定立~へ続く。

検討編③⇒https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/06/01/172648

 

[1] 一般的自由説:あらゆる生活活動領域に関して成立する一般的行為の自由について、憲法上保障される。

[2] 前段と後段の効果を分ける考えもあります。ただ、これについては、学者間でも統一した見解がとられていない状況です。

[3] 憲法31条以下でも、人身の自由の保障が図られています。もっとも、憲法31条以下は、手続的保障であり、実体的利益そのものを保障しているものではありません。これは別の利益の問題として分けて考えましょう(平成29年司法試験で指摘されています。)

[4] 「人格権」という言葉は、不法行為に関する訴訟において、13条で保障される権利を言う場合に用いられます。前掲・「宴のあと」事件では、プライバシー権を人格権として保障されるといっており、また、最大判昭和61・6・11民集40巻4号872頁[Ⅰ-68](北方ジャーナル事件)では、人格権としての名誉権として保障しています。なので、人格権という言葉を使うよりも、具体的な権利を設定し、論じた方がよいです。

[5] 最1小判平成24・2・2民集66巻2号89頁(ピンクレディー事件)

[6] 最3小判平成12・2・20民集54巻2号582頁[Ⅰ-23](エホバの証人輸血拒否事件)