J-Law°

司法試験・予備試験受験生やロー受験生のモチベーション維持のために、定期的に問題の検討をしていきます。

検討課題7:検討編③~判断枠組みの定立~

Ⅴ 判断枠組みの定立

1 知識の整理―判断枠組みの定立とはなにか。

 受験生に対して、「判断枠組みの定立でなにをするか」という質問をすると、「権利の重要性と制約の重大性を検討して、審査基準を決めます」と答えます。次に、「なんで権利の重要性と制約の重大性なの?」と聞くと、途端に答えが出てこなくなります。判断枠組みの定立って、なにを検討しているのか、本質的な話に遡ります。

 憲法を勉強し始めたとき、「最高裁って、総合考慮した上で比較衡量してて、これが基準だよな…」と戸惑っていました。権利の重要性と制約の重大性から定立された基準は判例の比較衡量とは違うのかと疑問に思っていました。

 比較衡量とは、なにかとなにかを比較することです。ここでいう“なにか”とは、不利益と利益のことを指します。左の天秤に不利益を乗せ、右の天秤に利益を乗せ、左に傾いたら違憲となります。そして、この不利益の傾き度合いを測る視点として、権利の性質と制約の態様があります。権利が重要であれば、それに対する攻撃は重大なダメージをもたらします。制約(攻撃)が重大であれば、重大なダメージを負います。このように、二つの視点から、不利益の程度を測っているのです[1]。なお、権利の重要性と制約の重大性とはなにかについては、検討課題2:検討編②(https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/11/121445)で説明しています。

 左の天秤の傾きが決まれば、右の天秤には①最低、どれくらいの利益を置かなければならないか②置けたとして、釣り合っている(右に傾いている)かを考えれば、違憲か合憲かを判断することができます。ここいう利益は公益のことです。通常、法律は公益を図る目的の下に作られますから、公益=目的の審査をすることになります。そして、②は両者のつり合っているか(適当な手段で行えているか)を審査することです。まとめると、①が目的審査、②が手段審査に相当します。

 このように、判例とは必ずしも異なっているとは言い切れないのです[2]。重要なのは、常に天秤を意識することです。そして、いま自分が検討しているのはどこの部分なのかを意識するとよいです。

 

2 本問の検討

 権利の重大性とは、保障根拠との距離でした。本問の具体的自由である“性別適合手術を強制させられない自由”がどれだけ保障根拠に近いものか(合致するものか)を論じる必要があります。ダメな答案は、「人格的生存に不可欠であるから、重要である」という答案です。権利の重要性では、憲法で保障された範囲内での濃淡を考えるものです。そのため、人格的生存にどれだけ直結するものなのかを丁寧に説明することが求められます。保障範囲のところをおおよそ書くことが重なると思いますが、保障範囲は入るか否か、権利の重要性は入っていることを前提に、中心か周辺かを検討するものですから、「同様に」などと簡単に流すことはできません。

 制約の重大性とは、保障根拠へのインパクト度合いでした。ここでは、人格的生存をどれだけ害するのかを説得的に書く必要があります。そもそも、性同一性障害者は、法令上の性別の取扱いの変更を受けていない時点でどのような不利益を受けているのでしょうか。問題文の1段落がまさにこのことを示しています(ちゃんと答案で使えていますか?)。アイデンティティ(=その人の個性としての存在)が揺らいでいるということは、人格的生存が困難な状況にあるのです。そのような状況において、さらに重大な決定を課すことは、自由な人格的生存を大きく歪めうるものと言わざるを得ません。そのため、重大な制約といえるでしょう。

 ただし、ここで1つ反論が想定されます。性別は身分法制ないし家族法制の根幹をなすものであり、憲法24条2がかかる法制度の形成を立法府に委ねていることから、性別取扱いの要件をどのようなものとするかについて広範な立法裁量が認められるというものです。判断枠組みの定立において、基準を緩やかにする要素として裁量があります。裁量を示すときは、必ず、その根拠となる条文や理由を示さなくてはなりません。本件でも、憲法24条2項を示していなければ、ダメな答案です。この反論を素直に受け止めても、少し悩みを見せてもいいでしょう。例えば、「両性」の現代的解釈としてLGBTなどの存在も含むとすれば、性同一性障害者に対し身体への侵襲を伴うような要件を設けることに対して慎重になるべきであり、立法裁量を必ずしも尊重すべきではないというのはどうでしょうか。また、そもそも憲法24条2項の適用がなされないとも考えられないでしょうか。このあたりは答えがあるわけではないので、少し考えてみてください。

 以上のような検討を経て、審査基準を明確に示すことが求められます。なお、本問において合理性の基準まで下げるためには、より説得的な論証が必要であると考えます。

 ここまでで半分以上の受験生が死亡しているかもしれません。

 

※判断枠組みの定立ってわかっている人でも、雑に書いてしまう(作文っぽくなっていしまう)ので、注意が必要です。明日がラストですが、個別具体的検討でも気が抜けません。検討編④へ続きます!

検討編④⇒https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/06/02/191911

 

[1] 最終目標は、不利益の程度を決めることです。そのため、権利の性質と制約の態様が明確に分離できない場合もあります。その際は、いずれの検討をしているのかをはっきりさせて、いずれかをアツく書くことが重要だと考えます。

[2] 例えば、最大判昭和62・4・22民集41巻3号408頁〔森林法共有林事件〕[Ⅰ-96]では、「規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべき」と大枠の基準を示している。このうち、「財産権の種類、性質」は権利の重要性、「制限の程度」は制約の重大性、「規制の目的、必要性」は目的、「規制の…内容」は手段に相当するものである。判例は、右の天秤から検討し、左の天秤を考慮するものが傾向にあるが、答案として左の天秤から検討しても間違いということではないと考える。