J-Law°

司法試験・予備試験受験生やロー受験生のモチベーション維持のために、定期的に問題の検討をしていきます。

検討課題10:検討編①~条例制定権の限界~

Ⅰ 出題の趣旨

 特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律(以下「本法」という。)が令和元年6月14日に施行されました。本問では、本法よりも過剰な規制をしようとする条例の合憲性を問うオリジナル問題です。問題形式は令和元年度司法試験の出題形式に沿ったものです。

 検討事項としては、条例制定権の限界と財産権です。近時の司法試験の出題形式であれば、行政法とクロスする条例制定権の限界の議論を出題することが可能です(出題形式からすれば、国会と内閣の関係などの統治分野が出題しやすくなっています。)。また、財産権については平成29年度予備試験で出題されていますが、学習がおろそかになりやすい権利の1つであるとされます。これらの点について、基本を押さえつつ、本事例の下での具体的な検討をしていきましょう。

 

Ⅱ 入口の特定

 本問を分析していくと、本条例3条1項及び2条2号が違憲の対象であり、条例制定権の限界と財産権が問題となることがわかります。なお、本問においては損失の回収が可能であり、問題がないとされています。これは、損失補償制度が備えられており、その点について問題とならないという誘導であり、憲法29条3項の検討は不要であると考えます。

 本問で中心となる問題は、財産権の検討です。財産権の入口としては、既得権型か制度形成型かを選択することになります。この区別の仕方については後で説明します。この区別を知っていることを前提にすると、本問では、契約上、転売が禁止された興行入場券である(本法2条3項1号)ことから、制約がそもそも観念できないものであり、制度形成の事案と捉えることになります。なお、附則第2条によれば、施行されて以後購入された興行入場券が対象ですから、転売できないことを前提としており、この点からも制約は観念できないといえます。

 

Ⅲ 法律と条例

 法律と条例については、近年の司法試験の形式的には出題のしやすいところです。最大判昭和50・9・10刑集29巻8号489頁〔徳島市公安条例事件〕[Ⅰ—88]で判断枠組みが定立されているところですから、判断枠組みの定立部分では差はつけられたくないところです。規範へのあてはめという意味での個別具体的検討が勝負です。

 

1 問題の所在―条例制定権の限界

地方公共団体は、さまざまな事務を行いますが(地方自治法2条)、この自治事務といわれるものを実施するに際して、条例を制定できます(憲法94条)。条例とは、地方公共団体がその自治権に基づいて制定する自主法です[1]

 条例制定権の限界という論点においては、①法律留保事項との関係②国の法令との抵触、という2つの論点があります。

 ①の問題の所在は、憲法において「法律」により制定することが求められている事項について、条例で定めることができるかどうかという点です。本問を例にすると、財産権は憲法29条2項により法律による規律が委ねられた事項であることから、条例制定権に基づき条例を制定できるかが問題となります。本問では、誘導により、これが認められることを前提とするため、ここでは検討をしません[2]

 ②の問題の所在は、条例による制定が可能であるが、「法律の範囲内」でなければならない(憲法94条、地方自治法14条1項)ところ、条例が「法律の範囲内」ではなく、国の法令と抵触しているかという点です。つまり、本問では、本条例3条1項が本法2条4項及び3項に抵触し、「法律の範囲内」といえないのではないかという点で、②の問題が生じています。

 問題の所在を適切に示すことで、いまからどの条文のどの文言解釈をしようとしているのかが明確になります。採点者としては、ちゃんとこの論点の問題の出発点を理解しているという風に読みますから、理解を示すいい方法です。勘違いしている人は、ただ疑問形にするだけの人です。どの文言の話なのか、そもそも条文が適用するか否かの話なのか、問題の所在を適切に示すことで、より理解が伝わる答案になります。

 

2 判断枠組み

 国の法令と抵触するか否か、すなわち「法律の範囲内」か否かの判断枠組みとしては、徳島市公安条例事件の規範があります。そして、この規範が現在に至るまで指導的に用いられています[3]

 徳島市公安条例事件では、「法律の範囲内」か否かの判断については、「条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない」という著名な判断枠組み(趣旨目的内容効果基準)を定立しました。

 続けて、この趣旨目的内容効果基準の具体的な例示として、「①ある事項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなりうるし、逆に、②特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、ⓐ後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によつて前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないときや、ⓑ両者が同一の目的に出たものであつても、国の法令が必ずしもその規定によつて全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間にはなんらの矛盾牴触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえないのである。」(記号は作成者挿入。)と述べています。

 例示部分の判旨を分析すると、まず「対象事項」を比較して、対象事項がない場合(①)、法令が規制しない「趣旨」であった場合は、それを規制する条例は違法となる。他方、対象事項がある場合(②)は、両者の「目的」を見ます。目的が異なるとき(ⓐ)は、法令側から見て、条例が法令の規制を阻害するかを審査し、阻害しなければ適法となります。目的が同一のとき(ⓑ)は、法令側が条例の個別規制を許すかを審査し、許すのであれば適法となります[4]

 この判断枠組みはほぼ固まったものであり、受験生としては当然に知っておくべきものです[5]。そして、この判断枠組み自体を変更させることはできない以上、受験生の勝敗を分けるのは、その判断枠組みに基づく具体的な検討部分となります[6]

 

3 本問の検討

 問題文の誘導から、対象事項は同様であると考えられます。この点、厳密には、本法が「不正転売」で、本条例が「不正転売」以外の「転売」という点では、対象が異なるとも考えられなくありません。しかし、実質的には「特定興行入場券の転売」という点で重なっていますから、対象事項が併存競合する事案であるといえます。そのため、上記②の類型として考えていくことになります。

 目的については、本法1条と本条例1条を比較すると、同一です。これより、ⓑの類型になるといえ、法令側が条例の個別規制を許すかを審査し、許すのであれば適法となります。法令側の趣旨がどのようなものかを探求しなければなりません。

 この点について、憲法上の権利への配慮を加味することで、法律の趣旨を考えることができます[7]高知市普通河川管理条例事件[8]では、「強力な河川管理の定め」といえるかについては、「財産権を保障した憲法29条との関係で問題があることを考慮したことによるもの」として、河川法の規定及び趣旨に照らして、条例が強力な規制であったとしています。

 本問でも、同様に財産権への配慮を加味することができると思います。このような評価をした場合、本法以上に過剰な規制をすることは許されていないと考えることができます。また、チケットの流通市場が全国に存在していることから、全国規模での一律な規制が求められているとも考えられます。他方で、A県内のイベントという明確な領域があり、これはイベントの場所を調べれば容易に把握できますから、取引の安全を害することはないとも考えられます。さらに、そもそも本法2条3項1号によれば、契約上で転売が禁止されていることから 、本法も全面的な禁止を許容しているとも考えられます。

 このような点について、自分なりに考えて検討しなければなりません。受験者のみなさんは、どのように考えたのでしょうか。

 

検討編②へ続く!

https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/06/14/190223

 

[1] 芦部信喜憲法(第7版)』(岩波書店、2019年)380頁。最大判昭和37・5・30刑集16巻5号577頁では、「地方公共団体の制定する条例は、憲法が特に民主主義政治組織の欠くべからざるを構成として保障する地方自治の本旨に基づき(同92条)、直接憲法94条により法律の範囲内において制定する権能を認められた自治立法に外ならない」としている。条例の意義についての学説の整理については、野中俊彦ほか『憲法Ⅱ(第5版)』(有斐閣、2012年)380頁以下が参考になる。

[2] 「財産権の内容の規制は法律による必要があるが、財産権の行使の規制は条例によることも可能である、という説もあるが、内容と行使を截然と区別することはきわめて困難であるから、むしろ、条例は住民の代表機関である議会によって成立する民主的立法であり、実質的には法律に準ずるものであるという点に、条例による内容の規制も許される根拠がある」(芦部・前掲注1 282頁)との見解がある。

[3] 徳島市公安条例事件より前は、法律先占論に依拠していた。これは、対象事項が重複している場合、法律の「先占」を認定し、条例の規律を排除する見解である。もっとも、国の法令が黙示的・明示的に先占している事項か否かは、簡単に判断できるとは限らず、下級審の裁判例のなかに、法令と条例の趣旨・目的に着目して、両者の抵触の有無を判断する判決がみられるようになった。例えば、高松地判昭和43・5・6下民集10巻5号567頁など。なお、徳島市公安条例事件の判断枠組みは、法律先占論を緩和した立場とも評価されている(安西文雄ほか『憲法学読本(第2版)』(有斐閣、2014年)347頁。)。

[4] 同一目的で、法令よりも厳しい内容の規制を定める条例を「上乗せ条例」という。また。同一目的で、法令が規制していない事項について規制を定める条例を「横出し条例」という。上乗せ条例は②-ⓑの類型となり、横出し条例は①の類型になる。

[5] 徳島市公安条例事件の判決では、当てはめ部分に相当する判旨の中で、不思議な検討をしている。すなわち、「道路交通法77条及びこれに基づく公安委員会規則と条例の双方において重複して施されている場合においても、両者の内容に矛盾抵触するところがなく、条例における重複規制がそれ自体として特別の意義と効果を有し、かつ、その合理性が肯定される場合には、道路交通法による規制は、このような条例による規制を否定排除する趣旨ではなく、条例の規制の及ばない範囲においてのみ適用される趣旨のものと解するのが相当であり、したがって、右条例をもって道路交通法に違反するものとすることはできない」という部分で、判断枠組みに加えて、「特別の意義と効果を有し、かつ、その合理性が肯定される」ことを求めている。この部分は、特別意義説と呼ばれることがあるが、学説でも議論が分かれているところである。しかし、最1小判平成25・3・21民集67巻3号438頁〔神奈川県臨時特例企業税条例事件〕では、特別意義説は全く意識していない書き方をしていることから、判例として確立したものとはいえない。この特別意義説の部分は、条例自体の違憲性に相当するようなものであるとも考えられることから、条例制定権の限界の中であえて論じる必要はないように思われる。

[6] 「同一の基準から、異なる結論を導くスキルこそ実務法曹としての『芸』である。原告・被告それぞれに有利な理屈を、同一の基準を前提としつつそれなりに説得力をもって捻くり出せなければ、『ゼニのとれるローヤー』にはならない」(安念潤司・中央ロー6巻2号(2009)90頁)。

[7] このような憲法上の権利との関係を法の趣旨に読む込む例としては、長崎地判昭和55・9・19行集31巻9号1920頁〔飯森町旅館建築規制条例事件第1審〕がある。

[8] 最1小判昭和53・12・21民集32巻9号1723頁。