J-Law°

司法試験・予備試験受験生やロー受験生のモチベーション維持のために、定期的に問題の検討をしていきます。

検討課題11:検討編①~知識Ⅰ:規範と相互交渉~

Ⅰ 概要

 法務省は、「出題範囲は,人文科学,社会科学,自然科学とするが,思考力,分析力,表現力等を判定できる出題をすることとし,専ら知識の有無を問う出題はしないものとする。」としています。

 しかし、実際に問題文を見ればわかりますが、相当文章を読み込まないと論じることは難しいですし、読み込んだとしてもうまく書けないのが普通です。その理由は、「知識」がないからです。材料が不足している状況では、いくら考えても完成品を作ることは困難です。法務省は、そこは思考力で補えと言っているように見えますが、最低限度の知識もなしに考えることはできません。

 今回は、この最低限度の「知識」をお伝えします。ただし、法務省の言い分からすれば、この「知識」は補助的な役割にすぎません。また、実をいうと、理解はできても扱いにくいものでもあります。そのため、「知識」に過信せず、粘り強く文章を読み、考えていくのが何よりも重要です

 

Ⅱ 求められる能力―大前提となるもの

 法務省の発表によれば、「知識の有無を問う問題はしない」としていますから、「知識」は補助的なものにすぎません。では、一般教養科目でなにを求めているのでしょうか。

 これについては、「思考力」「分析力」「表現力」とされています。ここでいう「思考力」とは、「題材に対する思考力」、つまりは、他人の書いた文章を素材に自己の意見を考える能力です。「分析力」とは、「引用文献の筆者の見解に対する分析力」、つまり、引用文献から筆者が言いたいことを読み取る能力です。「表現力」とは、「自分の意見を簡潔に述べる表現力」、つまり、制限された字数の範囲内で端的に自己の意見を表現する能力です[1]

 これらの能力さえあればいいのですから、まずは、この能力をフルに活動させ、答案を書きあげることを意識してください。

 

Ⅲ 知識の確認

 さて、最低限度の知識を抑えましょう。過去5年分の問題を分析してみると、平成26年度はやや特殊な問題ですが、平成27年度から平成30年度まで同じような考え方を別の角度で説明している問題ということがわかります。同じような考え方とは、規範の押し付けによる同一化と規範の喪失による個別化です。それぞれ詳しく見ていきます。

 

1 人の自律―規範の内面化

 人間は生まれたとき、なにも知りません。何をしていいのか、何をしてはいけないのかわからないのです。この状態は、不自由な状態です。というのも、何をしたら罰を受けるかわからず、身動きが取れないからです。不作為犯の自由保障機能を害するとは、こういうことです。

 そこで、人間は、何をしていいのか、何をしてはいけないのかについて、教育を受け、学習します。何をしていいのか、何をしてはいけないのかを区別するのは、「規範(ルールや秩序)」です。つまり、人間は、規範を学び、自らのものとするのです。これを「規範の内面化」といいます。 規範の内面化により、自らを律することができます。つまり、「自律」したことになるのです。

 図にすると、図1のような感じです。

 

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図1

 外側にある青い丸が規範です。これを、頭で理解して、自分のものとします。つまり、規範の内面化です。そうすると、自分を律することができ、自律したことになります。自律をすれば、不自由ではなくなります。

 

 

2 個人の規範の発展―相互交渉と経験

 個人の規範は、社会のルール(法律など)だけでなく、自分自身の思想なども含みます。個人的な規範(思想や主義・主張、知識、概念など)は、自分の今まで学習したことによります。

 そして、人間は未知のものに触れることで、新たな発見をします。つまり、人間は、未知なものから違和感を感じさせられ、その違和感がなんなのかを対象物との対話のようなことをし、理解し、自らの知識として規範に書き込みます。この人間と未知のものとの対話を相互交渉といいます。そして、規範に新たな発見が書き込まれることは、「経験」をしたということになります。そうすることで、私たちは、より行動範囲を拡大させることができます。今までは見えなかったようなものが見えてくるのです。

 例えば、成人していない人はビールがどんな味なのか知りません。ビールに関する味覚の経験がないのです。成人して、ビールを飲むと、苦いという違和感を感じます。これを知識として、書き込むと、ビールは苦いものという情報が頭に入ります。しかし、ビールを飲み続けていると、ふとした瞬間にその苦味が美味しいものに変わってくる人もいるでしょう。違和感だったものが実は良いものだったと理解し、再び規範が更新されるのです。

 一方で、このような新しい発見を経験として組み込まないと、いつまでたっても従来の考えに固定されています。これでは、見えるものも見えなくなってしまいます。また、自分の考えと違うものを受け入れることができず、差別を生むことになってしまいます。

 いまの話を図とともに説明すると、こうなります。

 

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図2

 私たちは、青い丸の知識を持って、四角い物体を見ます。そうすると、青い丸で説明できる部分があることに気づきます。他方で、オレンジの三角のような、説明しきれない部分が違和感として感じます。これはなんだと、三角と自分との問答が始まるのです。

 問答、つまりは相互交渉をしていると、三角がどういうものなのかを理解することができます。そして、その三角部分について、規範に書き込みます。そうすると、今まで青い丸しか見えていませんでしたが、オレンジの三角を見ることができます。これにより、私たちは経験をしたということになります。こうやって、自分の視野を広くしていくことが大切なのです。

 

 なんとなくここまではわかっていただけたでしょうか。次回からは、これを社会レベルで考えていきます。

検討編②~知識Ⅱ:3つの社会~

https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/06/19/083518

 

 

[1] 「15行程度」という問題文の指示は、どの程度を想定しているのか受験生にとって疑問が生じるところです。「程度」ですから、15行前後ということになりそうですが、あまりに少なすぎることはおススメしません。なので、最低限14~15行は書いた方がいいと思います。上限としては、20行は行きすぎかなと思います。もし20行までいってしまう解答例であれば、20行程度と指示がなされるはずです。なので、上限の目安は、18行が限界かと思います。とはいえ、人の字の大きさなどもありますから、あくまでも目安です。