J-Law°

司法試験・予備試験受験生やロー受験生のモチベーション維持のために、定期的に問題の検討をしていきます。

検討課題9:検討編①~憲法上の権利の制約~

【出題趣旨】※各自で参照してください!

https://www.waseda.jp/folaw/gwls/assets/uploads/2019/10/03_kenpou_2020shushi.pdf

 

Ⅰ 入口の特定

 「入口」とは、当事者の生の主張から特定された具体的自由の設定・権利と条文の選択及び違憲の対象の選択です。いままでの検討課題では意識してきませんでしたが、訴訟選択も入口の特定の重要な要素です。

 今までの憲法上の問題点を指摘せよという問題では、訴訟選択を考える必要はありませんでした。しかし、本問のように訴訟上の主張を検討する場合は、訴訟選択を意識せざるを得ません。

 本問では、Xは、Yに対して、自身に関わる情報の削除と損害賠償請求をするとのことでした。削除請求は差止請求の一類型です。これを踏まえると、Xの請求は、民法709条に基づく請求ということになります。そして、民法709条の要件の1つである“権利侵害”として、憲法上の主張を展開します

 本問のXの生の不満は、全国破産者地図というウェブサイトに自分の情報が勝手に掲載されていることです。ここでいう「自分の情報」とは、氏名・住所及び破産した事実です。判例の表現を用いると、具体的な自由としては、“みだりに自己の破産の事実及び氏名・住所を公開されない自由”と設定することができるでしょう。権利と条文の選択としては、憲法13条後段「幸福追求に対する…権利」です。

 違憲の対象という言葉が適切かどうかは微妙ですが、権利侵害の対象となっているYの行為は、ウェブサイトとしてXの情報を公開した行為です。

 まとめると、Xは、Yに対し、憲法13条後段「幸福追求に関する権利」として保障されている“みだりに自己の破産の事実及び氏名・住所を公開されない自由”が侵害されていることを理由に、不法行為に基づく損害賠償請求及び削除請求を主張する、ということになります。

 なお、本問は、「Xから依頼を受けた弁護士として、いかなる憲法上の主張を為しうると考えるか。」となっていることから、Xの主張を軸に書いていきます。Yの反論に対して、適宜再反論をしながら、主張全体を書いていくことになります。

 

Ⅱ 憲法上の権利の制約―権利侵害

 13条後段の総論については、検討課題7:検討編②(https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/31/171746)で整理しました。

そのうちの①「私生活上の自由」についてみていきましょう。判例で、「私生活上の自由として…保障される」といっているのは、プライバシー権についての判例だけです。そのため、プライバシー権についての論証をする場合は、人格的権利説の論証をする必要はなく、判例で認められた私生活上の自由として構成すればいいのです[1]

1 知識の整理Ⅰプライバシー権と13条【保障領域】

 最高裁プライバシー権が13条によって保障されるかについて、「憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきとを規定している」として、保障を認めています。つまり、「私生活上の自由」の1つとして、プライバシー権が切り出されるのです。13条の保障根拠の1つに「他者の私生活への介入の排除により、個人の私生活領域を保護する」があり、そこから「私生活上の自由」が導かれると推定されています。答案では、保障根拠からこの自由を直接導き出せば問題ないです。

 プライバシー権といえども、その範囲は膨大です。最高裁で争われた具体的なプライバシー権は、①みだりに私生活を公開されない自由[2]、②みだりに情報を取得されない自由[3]、③みだりに情報を公開されない自由[4]があります[5]。設問を検討するにあたっては、これらのどれかに寄せた具体的な自由を設定しましょう。

 プライバシーをいう言葉は多義的な言葉です。正直な話、プライバシーという言葉を使わなくとも上記の説明はできます。「プライバシー」はなんとなくよさそうに見えますが、最高裁は使いたがっていないように思います(GPS判決では使っていますが、その内容について議論がなされています。)。多義的な言葉を使うのであれば、その内容をどう理解しているのかを示す形で書く必要があります。

 

2 知識の整理Ⅱ-侵害類型

 プライバシー権の制約といっても様々なものがあります。ここで、着目してほしいことは、⒜どんな情報を問題としているか、⒝侵害がどの過程で生じているかです。

⒜ どんな情報を問題としているか【制約】【権利の重要性】

 プライバシー権の保障根拠は、私的領域への侵害を防止することにより、個人の私生活領域を保護することにあります。となると、私生活領域への影響が強い情報ほど保護の必要性が高く、権利としては重要です。このような情報は、個人のセンシティブな情報とか、個人の道徳的自律の存在に直接かかわる情報などと呼ばれています。一方で、そうでないものは、プライバシー外延情報と呼ばれ、公的情報や単純情報がこれにあたります。単純情報については、「制約がない」と判断されることもあります。

 とはいえ、事案ごとに情報の性質を分析し、しっかりとそれに見合った保護性・重要性を検討する必要があります。本問の検討をしながら確認してみましょう。

⒝ 侵害がどの過程で生じているか【制約】【制約の重大性】

 プライバシー権侵害の問題は、①情報の収集過程、②情報の保存・管理の過程、③情報の開示過程の3つの過程のどこかで生じます。これによって、制約の有無や制約の重大性が変わってきます。

 少し考えてみましょう。③開示過程については、一度情報がもれてしまったら大変なことになりますよね。私生活領域への侵害が大きく、保障根拠を大きく阻害するため、制約が重大と言えます。もっとも、住基ネット事件[6]では、「住基ネットにシステム技術上又は法制度上の不備があり、そのために本人確認情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない」とし、制約がないとの判断をしています。つまり、公開されずに内部的に適切な管理ができている場合は、制約がないとも考えられます。

 また、①収集過程や②保存・管理の過程について、住基ネット事件判決では、問題としていません。早稲田江沢民後援会事件においても、単なる収集ではなく、公開するための収集という点に重きを置いています。そのため、①②の過程については、制約が認められるかも問題になってきます。

 

3 本問の検討

 権利侵害の要件を満たすためには、権利の存在と侵害態様を認定する必要があります。それが違法なものかどうかについては、判断枠組みを立てて検討することになります。

 まず、上記で設定した“みだりに自己の破産の事実及び氏名・住所を公開されない自由”が権利にあたるかどうかを検討します。この検討は、保障範囲に入るかどうかという検討です。

 憲法13条後段「幸福追求に対する…権利」の1つとして、私生活上の自由が含まれることを論証します。そして、私生活上の自由という範囲の中に上記の具体的な自由が含まれるかを論証します。この2段階的な論理の過程を明確にすることでよりロジカルな答案になります。そうすると、破産の事実や氏名・住所というものが私生活に関する事柄なのか(人格的生存に関するものか)を検討していくことになるでしょう。破産したことは個人の経済的な信用に関する事項であり、氏名や住所と合わせて1つの情報とみると、社会生活に大きな影響を与えるものです。そうすると、このような破産の事実及び氏名・住所という情報は、私生活に関する情報であり、これをみだりに公表されないことは私生活上の自由として保障されるということになるでしょう。

 Yとしては、破産者情報はインターネット官報に掲載されていたものであり、公的な情報であることから、私生活上の自由として保障されないとの反論をしてくることが想定できます。確かに、公的な情報ですが、私生活への影響が大きく、特に時間の経過とともにその公共性は薄まっていくと考えられ、むしろ個人の知られたくないものとして捉えることになると考えられます。本件においては、Xの破産は10年ほど前のものであり、Xの破産の事実は公的な情報というよりは、私的な情報として個人の知られたくないものと捉えるべきと考えられます。

 本件では、YがX個人の情報を許可を得ることなく公開していることから、制約が認められます。

 

※検討編②へ続く!

検討編②⇒https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/06/09/213452

 

[1] 「私生活上の自由」と学説がどのように絡むのかについて、最高裁は明示していません。そのため、人格的権利説の論証が必要だとする考え方もありますが、判例上認められた権利をあえて再構成する必要はないと考えられます。

[2] 東京地判昭和39・9・28判時385号12頁[Ⅰ-60]〔宴のあと事件〕

[3] 最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁[Ⅰ-16]〔京都府学連事件〕や最3小判平成7・12・15刑集49巻10号842頁[Ⅰ-2]〔指紋押印拒否事件〕。

[4] 最3小判昭和56・4・14民集35巻3号620頁[Ⅰ-17]〔前科者照会事件〕や最2小判平成15・9・12民集57巻8号973頁[Ⅰ-18]〔早稲田江沢民事件〕。

[5] 佐藤教授は「自己情報コントロール権」を具体的な権利と見ています。自己情報コントロール権は、「いつどのようにどの程度まで伝達するかを自ら積極的に決定できる」権利です。そのため、どちらかというと、請求権的側面が強いものです。請求権的側面が強いと制約が正当化されやすくなるので、注意が必要です。ただ、前掲・早稲田江沢民事件ではこれに似た発想と言われています。もし、“自己情報コントロール権”という言葉を使うのであれば、その定義を示す方がいいと考えています。

[6] 最1小判平成15・9・12民集57巻8号973頁[Ⅰ-21]