J-Law°

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検討課題4:検討編②~本問の検討~

Ⅲ まとめ-判例の射程に関する思考

 前回の記事を読んで、「判例」や「判例の射程」という言葉の意味について、なんとなくわかってきたでしょうか。「判例の射程」の勉強の仕方がなんとなくわかってきたでしょうか。一度、思考の仕方を順にそって整理してみましょう。この思考を日頃、自分なりにやり続けることが大切です。

1 判例を把握する

判例とは、先例として価値のある判決でした。どういう意味で価値があるかというと、制定法の解釈・適用についての結論命題としての価値があるということです。判例としての判断部分とは、まさに結論命題にあたる部分であり、この部分を把握しなければ、判例の射程の検討にいくことはできません。つまり、当該判例は、どのような結論命題を立てたのかを把握する必要があります。

 

2 判例の射程を捉える

判例を把握した後、判例の適用範囲を考えていきます。適用範囲の確定作業は、当該事件に存する具体的事実のうち当該法的効果の発生を認めるのに必要最小限の類型化された事実は何かを確定する作業でした。つまり、「重要な事実」がなにかということを捉えることです。これを示さなければ、判例の適用範囲を明示したことにはなりません。

 

3 本件事案に及ぶのかを検討する

 そして、本件事案において、判例の射程が及ぶか、すなわち、判例の「重要な事実」をみたすかを検討していきます。要件効果の検討となにも変わりありません。射程が及ぶ場合は、一定の結論が出て来るでしょう。このとき、判例の「重要な事実」には含まれていない本件事案の特殊事情との関係が問題になることもあります。

 

4 射程が及ばないときは、代替できる事情なのかを検討する

 判例の射程が及ばないと判断したときは、特殊事情が代替できる事情なのかを検討することになります。代替できるならば、その理由をしっかりと述べなければなりません。理由を述べたうえで、同様の法律効果が生じるとして、結論を出すことができます。代替できなければ、少なくとも判例のない分野、判例に即して考えることのできない分野ですから、自分なりに考えるしかありません。こういうときは、原則論に立ち返る、趣旨に立ち返るべきです。

 

Ⅳ 本問の検討

1 問題の所在-契約の個数と解除

⑴ 契約の個数を検討すべき理由

 本件判例の射程内にあるか否かの前提として,本件事案における問題の所在を把握しておきましょう。本件においては,XとY社との間で本件売買契約,XとA社との間で本件ライフケア契約,XとB社との間で本件ケアホテル契約が存在していました。

 本件において,本件売買契約と本件ライフケア契約と本件ケアホテル契約が1つの契約であった場合,契約内容についての履行遅滞を理由に,XとY社間の本件売買契約についての解除は認められるはずです[1]。もっとも,契約書が異なり,契約主体も異なっていることから,契約が1つといえるか,契約の個数が問題となります。

⑵ 契約の個数の判断基準と本問の検討

 契約の個数の判断基準について,定説はいまのところありません。最3小判平成8・11・12民集50巻10号2673頁(以下「平成8年判決」といいます。)の調査官解説[2]では,「テニスコート,プールその他の本件クラブの施設は,本件マンションの共用施設(建物の区分所有等に関する法律にいう「共用部分」)となっているわけではなく,本件マンションそのものの区分所有権とは別個に,本件クラブに入会することによって初めてこれを利用し得ることとなるのであるから,全体を一個の契約とみるのはやはり行き過ぎで,本件不動産の売買契約と本件クラブの会員権契約とは,密接に関連付けられてはいるものの,二個の独立した契約であるとみるのが穏当なところであろう。」と述べるにとどまり,具体的な判断基準は示されていません。そのため,契約の合理的な解釈について個別事案ごとに判断することになるでしょう。

 本件においては,当事者が異なる点及び別の契約書で作成されている点を評価すれば,契約は別個の独立したものであり,1個の契約と評価することができないとするのが穏当だと思います。このように,複数の契約であることを前提とすると,複数の契約のうち,1つの契約の債務不履行を理由に他の契約を解除することができるかが問題となります。

 

2 平成8年判決の分析1-判例となる部分の特定

 「判示事項」及び「判決要旨」からすれば,平成8年判決の判例といえる部分は,①「同一当事者間で締結された二個以上の契約のうち一の契約の債務不履行を理由に他の契約を解除することのできる場合」を示した部分と,②「いわゆるリゾートマンションの売買契約と同時にスポーツクラブ会員権契約が締結された場合にその要素たる債務である屋内プールの完成の遅延を理由として買主が右売買契約を民法541条により解除することができるとされた事例」を示した部分になります。判示事項1については,場合判例です。判示事項2については,事例判例です。

 

3 平成8年判決の分析2-判例の適用範囲

 では,それぞれについて,判例の射程を検討していきましょう。つまり,「重要な事実」がなにかを特定していくことになります。

⑴ 判示事項1

 本問との関係では,「同一当事者間の債権債務関係」が「重要な事実」といえるかが問題となります。「同一当事者間の債権債務関係」は,2個以上の契約に「強度の結合性」ないし「強度の相互依存関係」があるかどうかを判断するための考慮要素にすぎないと考えれば,「重要な事実」にはあたらないことになります。しかし,もともと,これまで議論の乏しかった「複数契約解除の可否」という例外的な問題について,射程を容易に広げることは危険だと考えます。ここは素直に,「同一当事者間の債権債務関係」を「重要な事実」ととらえるべきです。この点,調査官解説では,「本判決は,同一当事者間で締結された二個以上の契約に関するものである。二個以上の契約の当事者が一致しない場合(例えば,A・B間の甲契約とA・C間の乙契約)にどのように考えるべきかは,さらに困難な問題であり,これも残された課題である。」とされています。調査官も平成8年判決は、あくまでも「同一当事者間の債権債務関係」の事案であると考えているようです。

 つまり,判示事項1の「重要な事実」は下記のとおりになります。これらの事実があることで、解除という法的効果が生じることになります。

 

【判決要旨1の重要な事実】

⒜ 同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個以上の契約から成る場合

⒝ それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて社会通念上甲契約又は乙契約のいずれかが履行がされるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないとみとめられるとき

 

⑵ 判示事項2

 判示事項1の⒝へのあてはめという位置付けになります[3]。⒝の事実は,抽象的な文言であることから,「規範的要件」とされます。規範的要件の要件事実は,評価根拠事実です。「契約の結合性」が認められる基準に至るまで,評価根拠事実を主張しなくてはなりません。

 事例判例は,当該事例における判断にすぎないので,判例の射程は非常に狭くなります。事例判例の場合は,判断された事実の中から,中核を成す評価根拠事実を抽出するという形で分析します[4]

 平成8年判決の判決要旨2に相当する部分(判旨三3)をみると、「前記の事実関係の下においては」とあります。そこで、「前記の事実関係」がなにを示しているのかを探ることになります(現代文の指示語の問題と同じ発想です。)。事実関係は判旨一に書いてありますが、このうち判断を関わっているのは、判旨一3の部分のみです。この部分では、契約が同時になされることの記載があることや区分所有権と会員権の得喪に関する事実が認定されています。なお,判決要旨2をみると、「売買契約と同時にスポーツクラブ会員権契約が締結された場合において、区分所有権の得喪と会員たる地位の得喪とが密接に関連付けられているなど判示の事実関係の下においては」とされています。ここから、契約締結時の事情と、区分所有権の得喪と館員たる地位の得喪に関する事実が中核的な事実であると推測できます。

つまり、Ⓐ「本件マンションの区分所有権を買い受けるときは必ず本件クラブに入会しなければならず,」Ⓑ「これを他に譲渡したときは本件クラブの会員たる地位を失うのであって,本件マンションの区分所有権の得喪と本件クラブの会員たる地位の得喪とは密接に関連付けられている。」の2つの要素だと考えられます。

 まとめると,2つの中核を成す評価根拠事実は下記の通りです。わかっていると思いますが、これはあくまでも評価根拠事実であり、重要な事実ではありません。事例判例における重要な事実は、当該事案の具体的事実に限られます。

 

【中核となる評価根拠事実】

Ⓐ 契約締結の時点において,甲契約と乙契約とを分離して締結することができない。

Ⓑ 契約締結以後,甲契約の目的である権利と乙契約の目的である権利とを別々に処分することが許されず,特に,乙契約の目的である権利の処分が甲契約の目的である権利の得喪を必然的に招来する。

 

4 本問における検討1―場合判例に関する問題と本問の検討

⑴ 射程へのあてはめ

 上記の検討からすれば,本件は,異なる当事者間の契約ですから,「同一当事者間の債権債務関係であること」を満たさないことになります。そのため,場合判例の射程は及びません。

⑵ 判例の射程外であっても同様の法的効果を導けるか

 判例の射程が及ばないとしても,同様の法的効果を生じる場合がありました。つまり,上記の⒜に代替する事実があれば,同様の法的効果を生じさせることができます。本件では,A社とB社がY社の完全子会社という事実が⒜の事実に代替できるかが問題となります。

 解除の趣旨は,契約の拘束力からの解放です。債務が履行されない契約に拘束されると、その者にとって不利益が生じることから、解除という方法により不利益を回避するというものです。もっとも,異なる当事者間の契約については,各当事者の利益が関係してきます。契約とは関係ない者が起こした債務不履行による不利益を他人が背負うということになってはいけません。そこで,各当事者の利益が共通するような場合には,代替することが可能ということになるというのはどうでしょうか。完全親会社は,完全子会社の株式をすべて有しているのですから,利益は共通するといっても問題なさそうです。

 判例の射程は及びませんが,同様の判例理論を用いることができることになります。

 

5 本問における検討2-事例判例の射程

 次に,事例判例を意識して,本件で⒝を満たすかを検討していくことになるでしょう。中核となる事実については,本件売買契約と本件ライフケア契約には,ⒶⒷともにあります。他方,本件売買契約と本件ケアホテル契約には,ⒶⒷともにありません。もっとも,ほかの評価根拠事実(契約書の表題,前書きの記載,勧誘資料・説明資料中の記載など)も主張しなければなりません。なお、平成8年判決の事例判例における事実とは異なることから、判例の射程外であることが前提となります。 

6 結論

 以上の検討から,本件ケアホテル契約との関係では解除はできないことになるでしょう。本件ライフケア契約との関係では解除できることになります。なお,参考にした裁判例は,東京高判平成10・7・29判タ1042号160頁です。

 実際、司法試験の問題としてこのような聞き方はされないでしょう。司法試験の問題形式に即した場合、問題の所在として判例と異なる点を示すことになります。そして、判例を原則として、例外として代替事情となり得るかどうかを検討し、ここまでを規範として定立するのが流れとしてよいのではないでしょうか。

 今回は民法の問題を扱ってみましたが、この記事を経て、判例の読み方が変わってくる人もいると思います。問題演習をする中で、百選などの判例集をみるときに、”重要な事実”を見つけるようにしてみてください。自分なりにやり続けることが大切です。

 今回の検討課題を読んだ人は、きっと「憲法判例」ってどう考えればいいのかよくわからなくなってしまった人も多いと思います。次回の検討課題のテーマは、「憲法判例の射程」を予定しています。憲法って特殊なんですよって話です。

Fin

 

[1] この場合,契約の要素たる債務の不履行であるか,それとも,付随的義務の不履行にすぎないのかを検討する余地があります。最2小判昭和43・2・23民集22巻2号281頁の判例解説によれば,「当事者の〔合理的〕意思を基準にして,契約の目的がどこにあったかを明らかにし,その目的の達成に必要不可欠なものでなければ付随的債務であり,酷的達せに不可欠であって,それが不履行となったならば,目的が達成されず,当事者は契約を締結しなかったであろうと判断される場合には,契約の要素をなす債務である」とされています(鈴木重信最判解説昭和43年度(上)52頁)。つまり,契約の外見・形式によっては決まらず,その不履行があれば契約の目的が達成されないような契約締結の目的達成に重大な影響を与える債務は,付随的義務ではなく,要素たる債務であるということになります。なお,最3小判昭和36・11・21民集15巻10号2507頁では,付随的義務であっても,契約の目的を達成することができない特段の事情が認められる場合に,解除ができるとしている。昭和43年判決は,この「特段の事情」を示したものと考えることができる。

[2] 近藤崇晴最判解説平成8年度(下)960頁。

[3] 調査官解説では,「契約の結合性」という言葉を使っています。なお、⒝については、密接関連性と達成不可能性の二つの要素に分けられるという理解が可能です。ただし、判旨では、そのような明確にわける考えではないように思えます。

[4] 評価根拠事実とは、規範となる抽象的な要件が満たされたと判断するための根拠となる事実である。評価根拠事実は1つあればいいというものではなく、いくつもの事実が積みあがっていき、一定のラインを超えることで要件が満たされたことになる(例えば、10cmの高さのところにラインがあるとして、事実aは5cm、事実bは4cm、事実cは2cm、事実dは1cmという風に積み上げていくイメージ。)。中核となる評価根拠事実は、その厚みが大きい分、一定のラインを超えやすくなる事実であるため、この指摘せずに要件を満たすとの結論はとりにくい。