J-Law°

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検討課題5:検討編②~堀木訴訟の射程を分析する~

※検討編①の続きです

https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/22/170053

 

2 堀木訴訟における判例理論[1]

⑴ 審査を緩やかにする「事柄の性質」

 合理的な区別か否かの判断枠組みの定立においては,裁量の要素が影響を与えることは,明らかです。

例えば,最大判平成25・9・4民集67巻6号1320頁[Ⅰ-27]は,嫡出性の有無による法定相続分差別についての判断であり,この判断では,「相続制度をどのように定めるかは,立法府の合理的な裁量判断にゆだねられている」としています。この根拠は,憲法24条2にあります。また,最大判昭和60・3・27民集39巻2号247頁(サラリーマン税金事件)[Ⅰ-31]では,租税法律主義(84条)を根拠に広範な裁量を認めており,「立法目的が正当なものであり,かつ,当該立法において具体的に採用された区別の態様が著しく不合理であることが明らかでない限り,……これを憲法14条1項の趣旨に違反するものということはできない」としています。この基準は,かなり緩やかな基準です。

そうすると,裁量が認められるという事実は,判断枠組みを緩やかにする要素であると考えられます。そして,それには根拠が必要となるのです。

⑵ 堀木訴訟の判例の射程

 堀木訴訟は,「児童扶養手当法4条3項3号と憲法14条,13条」について判断した部分があります。「さきに説示したところに加えて原判決の指摘した諸点,とりわけ身体障害者,母子に対する諸施策及び生活保護制度の存在などに照らして総合的に判断すると,右差別がなんら合理的理由のない不当なものであるとはいえない」という部分です。

 この部分については,やはり,児童扶養手当法4条3項2号ということが重要な事実ですから,判例の射程が及ばないことは明らかです。

 そこで,判例の射程外であっても,同様の法的効果が認められるかの検討が求められます。特に,「さきに説示したところ」という部分が適用できるかを検討しなければなりません。「さきに説示したところ」とは,判旨2に記載された広範な立法裁量のことを示します。つまり,この広範な立法裁量が児童扶養手当法4条3項とは異なる遺族補償年金支給請求権を定めた地方公務員災害補償法31条および32条にも認められるかを検討していかなくてはなりません。

⑶ 堀木訴訟の判例理論

 堀木訴訟を分析していきます。堀木訴訟は,まず憲法25条の生存権の法的性質について述べています。つまり,「積極的な発動を期待するという性質」ということです。

そして,Ⓐ「『健康で文化的な最低限度の生活』なるものは,きわめて抽象的・相対的な概念」であることⒷ「国の財政事情」に関するものであることⒸ「多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするもの」であることを根拠に,生存権に関する立法裁量が広範に認められています。

注意すべきは,あくまでも,国が法律を制定する場面ということです。これが,行政規則の制定場面や行政処分の場面であるときは,特にⒷの要素は不要になってきます。となると,堀木訴訟の判例理論は,国の立法裁量の場面においてのみ適用できることになります。

そして,憲法25条の生存権の法的性質を踏まえていますから,憲法25条の生存権を具体化した社会保障制度としての性格を有していることが前提となります。

まとめると,堀木訴訟の立法裁量に関する判例理論の適用にとって重要な事実は,①国の立法裁量の場面であること憲法25条の生存権を具体化した社会保障制度としての性格を有していることであり,この2つを満たすことで,広範な立法裁量が認められることになります。

 

3 本件への適用

 判例を参考にすると,国籍法違憲判決からは,ⓐ重要な法的地位が非侵害利益であること,ⓑ自助努力により克服できない区別であることが判断枠組みの要素になります。本件は,国の立法裁量の場面ですから,堀木訴訟の①の事実はあてはまります。つまり,裁量の有無にあたっては,②の事実があてはまるかの検討が最も重要になってきます。

⑴ 原告の主張

 原告としては,男女の区別として主張を展開していきます。男性にのみ「60歳以上」という制限を設けることで,60歳未満の男性はすぐに遺族補償年金をもらうことができません。そうすると,この遺族補償年金が,どのような利益なのか,重要な法的利益なのかを検討しなければなりません。

遺族補償制度は,制定当初の一時金では夫と妻の区別をしていませんでした。もともと,夫にあった遺族補償年金請求権は,従来から認められていた法的地位だったといえます。そのため,既得権としての財産権(29条1項)侵害ということになります。

また,遺族補償年金制度が,損害賠償制度だと考えられれば,国家賠償請求権(17条)が侵害されたといえます。では,損害賠償制度であると考えることができるでしょうか。遺族補償年金は,「災害に対する補償」を目的としており,法58条及び59条をみると,損害賠償と調整することになります。このような目的及び条文の立て付けから,損害賠償制度であるといえます。

そのため,憲法上の権利という重要な法的利益が制約されているといえます。

 男女の区別とすると,性別による区別です。そのため,自助努力により克服をすることはできません。60歳になればいいとも思えますが,そんな待っていることはできないという主張をすることになります。

⑵ 被告の反論

 被告としては,区別が克服可能であること(固有の性質によるものではない)と反論をします。そして,最大の反論は,堀木訴訟の射程が及ぶというものです。つまり,遺族補償年金は,「年金」といっていますから,社会保障制度として憲法25条を具体化したものであり,立法府の広範な裁量が認められるということになります。また,目的をみると,「遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」を究極の目的としており,さらに,福祉事業についての努力規定が定められている(法47条)ことからも,立法府の広範な裁量が認められるといいます。このように,堀木訴訟における②の事実がみたされ,堀木訴訟の判例法理が適用できるということになります。そうすると,判断枠組みは緩やかなものになります。

⑶ 裁判所の判断

 では,実際の裁判所は,どのような判断をしたのでしょうか。

 第1審は,遺族補償年金は「一種の損害賠償制度の性格を有しており,純然たる社会保障制度とは一線を画するものである」が,「遺族補償年金制度にはYらが主張するように社会保障的性質をも有することは否定できない」として,「立法府の合理的な裁量に委ねられて」いるとしました。

 控訴審は,遺族補償年金は「職員の死亡により扶養者を失った遺族の被扶養利益の喪失を填補し,遺族の生活を保護すること」を目的とし,「災害補償責任に基礎を置く損害補償の性格」は「従たるもの」にとどまり,「基本的に社会保障制度の性格を有する」としました。そして,憲法25条の趣旨を実現するための社会保障制度であるとして,立法府の広い裁量に委ねられているとして,「著しく合理性を欠き,何ら合理的理由のない不当な差別的取り扱いであるといえる場合に,憲法14条1項に違反する」としました。

 最高裁は,「地方公務員災害補償法の定める遺族補償年金制度は,憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障の性格を有する制度というべき」として,堀木訴訟の趣旨に徴して明らかであると判断しています。

 つまり,最高裁は,堀木訴訟の判例理論が適用できると明確に判断しました。控訴審も同様のものを考えることができます。他方,第1審は,曖昧なものにとどまっています。第1審と控訴審の判断枠組みを比較すると,控訴審では「著しく合理性を欠く」ことを求めています。このことから,控訴審は第1審よりも国に有利に,つまり,緩やかに審査したといえます。この差は,第1審は社会保障制度と損害賠償制度が並列に近いものであると考えており,対して,控訴審社会保障制度が主たる目的で,両制度の性質には主従関係があると考えているという点から生じたものであると考えられます。また,そもそも,別異取扱いについての捉え方が違っていましたから,この要素も影響を与えているといえます[2]

 

検討編 ③へ続く!

https://j-law.hatenablog.com/entry/2020/05/24/170059

 

[1] 最大判昭和57・7・7民集36巻7号1235頁[Ⅱ-132]

[2] 当該事例において,アファーマティブ・アクションの適用があるとも考えられる。是正の対象となる差別は,固有の差別が一般的である。とすれば,是正するための区別も厳格審査に服する可能性が高いため,これを懸念する。つまり,是正措置が平等の実現に対して正当な意義を有しているとして,より緩やかに考える。

本問において,男女の区別として捉える場合,「性別」という固有の区別であるため,アファーマティブ・アクションを適用することは可能である。しかし,これを妻とそれ以外と考える場合,固有の区別ではないため,アファーマティブ・アクションの適用はない。また,妻と夫の区別と考える場合,妻や夫が「社会的身分」であるとすれば,固有の区別としてアファーマティブ・アクションの適用が可能である。「社会的身分」については,その意義について学説の対立があり,広義説(判例)によれば夫婦も「社会的身分」といえるが,狭義説(通説)によれば生後に決定される身分であるため「社会的身分」とはいえない。そのため,アファーマティブ・アクションの適用の可否は,区別の対象により異なるのである。渡辺康行・宍戸常寿・松本和彦・工藤達朗『憲法Ⅰ 基本権』136頁参照。